何かやろうとするとき、特にスポーツなどの勝負事では、
よく「悔いの残らないようにしよう」と口にする。
最近の掲示板にも、いくつか書き込まれているのが見受けられる。
悔いが残るというのは、どういうことなのか?
広辞苑を開いてみると、「悔い:あやまちを悔いること」。
さらに、「悔いる:自分のしたことについて、
そんなことをすべきではなかったと思う」とある。
つまり、何かをし終えた後に、
納得しがたい気持ちが残ってしまうということか・・・
サッカーは、器用な手ではなく、不器用な足を使うスポーツ。
ミスをするスポーツである。
失敗やあやまちは付きものだから、広辞苑どおりに解釈すると、
プレーヤーはしょっちゅう悔いが残るということになる。
ただ、実際はどうだろう?
多少のミスがあっても、試合後満足のいく場合はよくある。
では、本当に悔いが残るというのはどんなときなのであろうか?
例えば、アプローチをあきらめた途端に、
キーパーがこぼして、決定的なチャンスを活かさなかった場面などは、
まさしく悔やんでも悔やみきれない例であろう。
整理すると、悔いが残るか残らないかというのは、
自分のもっている力を出し切って、
達成感・充実感を得られるかどうかではないだろうか・・・
自分なりのベストをつくす!
勝敗ではない。
やるだけやって負けても、悔しさは残るが悔いは残らない。
同じ“悔”という字を使うが、意味合いは大きく違う。
以前、新聞に載っていたことば。
「チャンスの女神、勝利の女神には、前髪はあっても、後ろ髪はない」
こちらは、前髪とてっぺんの髪は少なくなりつつ、
サイドと後ろ髪ばかり元気な今日この頃である。
再見!
予選お疲れ様でした。
しかし今回はチームの問題点が出たように思います。
今後の発展のためにお世話になっておりますが、
あえて率直な物言いをさせていただきます。
今回の敗退の原因は親・監督の慢心にあるとしか思えません。
なぜか、
先週勝ち進んだ時点で深夜まで事前祝勝会して慢心を生んでいないか、
チーム内で先週の時点で全道当確と言った発言・雰囲気があったのでは、
これは大人の責任。大人の雰囲気は子供に伝わり、チャレンジするサッ
カーを忘れていませんでしたか?
クラブの理念、理想をもう1回確認する時期が来ているように思います。
最近は大人が飲み会で発散する機会の場となっている雰囲気がありませんか。
「驕れる者、久しからず」ですぞ。
サッカーを通じての人間造り、保護者も成長しませんか、
長文ですいません。
ここから先は割愛してください。
監督、夜に保護者を呼び出すのは止めていただきたい。
厳しい指導には監督の人格が背景となりますよ。
5・8月のブログを反芻していただきたい。
近くから遠くから見ている父親様
コメントを頂き感謝いたします。
私なりに、謙虚に真摯に受け止めさせて頂きます。
ありがとうございました。
また何かお気づきなことがありましたら、
よろしくお願いいたします。
貴方は、子供のことを、一番の応援者ですか?子供の気持ち考えていますか?なんぼ頑張っても、練習しても、監督、父母が先走って、祝勝会したとしても、勝負世界は、甘くむないですよ。かでないときの、ほうが大きいです。監督の気持ち、応援している気持ちは、僕たちは、きちんとわかっています。このような、かきこみをみて、がっがりしました。監督が、かわいそうだ。なんで、貴方は、監督につめたい事を言うのですか?貴方は人間として最低です。監督、子供達のことを、考えてみてくだい。これは、子供達に言っていることと、同じように、聞こえます。監督頑張れ。